号外EXTRA EDITION
値動きを2倍にする器が、米国から来る
東証プライム 285A / 2026年8月14日 大引け後 / 公開情報に基づく号外レポート
キオクシアの株価に連動して日々の値動きを2倍、あるいはマイナス2倍にする上場投資信託が、米国で少なくとも9本、上場申請の段階まで来ています。日本企業を対象にした個別株のレバレッジETFは前例がありません。東京証券取引所はこの種の商品を認めていませんが、米国に上場したものは日本のネット証券から買えます。運用会社の一部は金融庁への届出まで視野に入れており、日経は「逆上陸」と書きました。 問題は、この器がキオクシアの株価そのものを揺らす側に回りうるという点です。先に導入した韓国で、2カ月のうちに何が起きたか。そして「2倍」という言葉が実際には何を意味するのかを、キオクシアの実際の株価で計算しながら整理します。
上場申請中のレバETF
2倍で持っていた場合の21営業日(算出)
1日の平均値幅(算出)
01 ── THE FILING
最初に動いたのはタトル・キャピタル・マネジメントです。5月22日、SECに予備の証券届出書(Form 485APOS)を提出しました。商品名は「T-REX 2X Long Kioxia Daily Target ETF」。東証プライムに上場するキオクシア普通株、証券コード285Aの日次騰落率の200%を目指すと書かれています。上場は早ければ8月中を狙う、とされていました。
その後、申請は1本では済みませんでした。SEC提出資料をもとにした7月27日配信のブルームバーグの報道では、キオクシアを対象にした2倍・マイナス2倍のETFが少なくとも9本、登録申請中。運用会社はタトルのほか、プロシェアーズ、タイダル・フィナンシャル・グループ、グラニットシェアーズ、コーギ・ストラテジーズなどの名前が挙がっています。日本企業にひもづく個別株レバETFとしては、これが最初の事例になります。
| 判明している申請の中身 | 内容 |
|---|---|
| 申請本数 | 少なくとも9本(2倍ロングとマイナス2倍の両方) |
| 運用会社 | タトル・キャピタル/プロシェアーズ/タイダル/グラニットシェアーズ/コーギ 他 |
| 先行するのは | T-REX 2X Long Kioxia Daily Target ETF(5月22日 Form 485APOS) |
| 原資産 | 東証プライム上場のキオクシア普通株(285A)または同社ADRの日次騰落率 |
| キオクシアのADR | 店頭の非スポンサー型のみ。正式上場は2027年春を目標 |
| 次に控える銘柄 | ソフトバンクグループ/任天堂/東京エレクトロン/フジクラ/レーザーテック/トヨタ/ソニー ほか |
なぜキオクシアが1番目に選ばれたのか。タトルのマシュー・タトルCEOの言葉が、そのまま答えになっています。「キオクシアが次のSKハイニックスになる可能性がある」。韓国の半導体大手をめぐって起きた個別株レバETFの熱狂を、日本のメモリー銘柄で再現できると見ている、という意味です。同CEOはSECの承認が下りれば「間違いなく日本に届け出る」とも述べています。
同社のウィル・リンドCEOは、キオクシアのADR上場が2027年4〜6月に予定されていることを踏まえ、そのタイミングに合わせてETFを上場させる計画だと語っています。東京市場の株価を直接参照する設計と、米国上場ADRを参照する設計の両方が準備されているということです。ADRが正式に上場すれば、原資産の流動性という上場審査上のハードルは下がります。
02 ── THE MATH
ここが今回の号外でいちばん伝えたいところです。仮にキオクシアの2倍ロングETFが7月14日から存在していたとして、8月14日までどうなっていたかを、実際の終値から計算してみました。この21営業日で現物は69,100円から53,740円へ、22.2%下げています。単純に2倍だと44%前後の下落になりそうなところですが、答えは違いました。
同じ21営業日を、現物・2倍・マイナス2倍で持っていた場合
7月14日の終値を100とした指数 / 各日の騰落率に倍率をかけて日々積み上げた試算値
現物が22.2%下げたこの期間、2倍ロングは52.3%減っていました(いずれも算出)。2倍どころか2.4倍の目減りです。そしてもっと目を引くのはマイナス2倍のほう。株価が下がった期間なので儲かって当然に見えますが、結果は11.2%のマイナス(算出)。7月29日にいったん109.6%の含み益まで届いたあと、そこから全部返して、さらに元本を削っています。
下がる株を空売り方向に持っていて損をする。直感に反しますが、原因はひとつです。値動きの荒さ。
この21営業日の日次騰落率 ── 往復の激しさが「負の複利」を生む
単位:% / 終値ベース / 上昇=グレー・下落=アクセント色
負の複利による目減りの大きさは、ざっくり言えば値動きの荒さの2乗に比例します。倍率のほうも2乗で効くので、2倍にすると削られる量は現物の4倍です。この21営業日のキオクシアは1日の値幅が平均10.6%(算出)。7月21日には20.2%、7月29日には25.1%動いた日もありました。荒い銘柄に高い倍率をかけるほど、方向が当たっていても手元に残らない。器の設計としてはそういうものです。
03 ── THE FEEDBACK
ここまでは商品を買った人の話です。買わない人にも関係してくるのが、日次リバランスという仕組みです。2倍ETFは純資産の2倍のポジションを毎日つくり直すため、上がった日には買い増し、下がった日には売る取引を大引けにかけて出します。規模はおおむね「純資産×その日の騰落率×2」。相場と同じ向きに出る注文なので、値動きを打ち消すのではなく押す方向に働きます。
東京エレクトロンやフジクラも対象に挙がっているなかで、キオクシアが最初に狙われた理由は流動性ではなく荒さのほうです。直近20営業日の売買代金は1日平均2.45兆円(算出)。時価総額は8月14日の終値ベースで29.5兆円(算出)。市場の厚みは十分にあります。それでも1日に10%動く銘柄で、大引けに向けて同方向の注文がまとまって出れば、終値の付き方は変わります。
韓国では単一銘柄レバレッジETFの残高が導入から2カ月で14兆ウォン、日本円で1.5兆円規模まで膨らみました。仮にキオクシア関連のETFが合計1兆円集まったとして、株価が10%動いた日のリバランス売買は2,000億円(算出=1兆円×10%×2)。キオクシアの1日の売買代金2.45兆円に対して8%ほどです。単独で相場を決める規模ではありませんが、引け際の数分に集中すれば話は別です。
ブルームバーグの取材では、こうしたリバランス取引が「市場構造をゆがめ、ボラティリティーを大きく高める」との懸念が示されています。韓国でも未来アセット証券の研究員が「レバレッジETFの機械的リバランスが原資産の価格変動性を拡大している」と指摘していました。
04 ── THE PRECEDENT
これは想像ではなく、すでに起きたことです。韓国が単一銘柄レバレッジETFを導入したのは2026年5月27日。サムスン電子とSKハイニックスを対象にした商品に個人の資金が殺到し、7月末までの純買いは約14兆ウォン、日本円で約1.6兆円に達しました。外国人も約2兆ウォン、約2,300億円を買っています。
そして中央日報が報じた数字が、負の複利の実例そのものでした。5月27日から7月15日までの間、SKハイニックスの株価は7.18%下げた。同じ期間、SKハイニックスのレバレッジETFは平均34.06%下げていました。
韓国・SKハイニックス ── 現物とレバレッジETFの騰落率
2026年5月27日〜7月15日 / 単位:% / 中央日報の報道値
個別の商品でみると被害はさらに極端です。SKハイニックスのレバレッジETFは6月23日の高値から80%下落。サムスン電子のレバレッジETFも6月3日の高値から約75%下げました。「KODEXサムスン電子単一銘柄レバレッジ」では、保有する投資家の97%が損失圏にとどまっている、と報じられています。空売り方向のインバース2倍で全員が損失、という商品もありました。
市場全体も無関係ではいられませんでした。6月1日から10日にかけて、レバレッジ・インバースETFの売買代金は平均13兆6,342億ウォン、ETF全体の42.9%を占めています。取引量ベースでは94.5%。KOSPIは7月末までの1カ月で約35%下げました。
ク・ユンチョル企画財政部長官は7月29日、国会で十分な検討をせずに導入したことを謝罪しました。同じ日、イ・オクウォン金融委員長は政務委員会で、専門投資家に投資資格を制限する案と、追随倍率を2倍から引き下げる案を検討していると明らかにしています。金融監督院は新規上場の停止と規制の前倒し実施に動きました。導入から、2カ月です。
05 ── THE RULES
日本の制度はどうなっているのか。東京証券取引所ETF推進部の岡崎啓課長は、日本市場での個別株レバETFの上場は分散投資要件を満たさないため認められないと説明しています。株価指数に連動するレバレッジETFは以前から上場していますが、特定の1社に集中する商品はこの要件で門前払いになる、という整理です。
ただ、それは東証に上場できないという話でしかありません。米国に上場したETFは、日本の投資家がネット証券の米国株口座からそのまま買えます。さらに運用会社が金融庁に外国投信として届け出れば、国内の販売チャネルに乗る道も開きます。日経が見出しに「逆上陸」と入れたのは、この二段構えを指しています。
| ルートごとの現状 | 可否 | 根拠・状況 |
|---|---|---|
| 東証への個別株レバETF上場 | 認められない | 分散投資要件を満たさない(東証ETF推進部) |
| 米国上場ETFを日本の証券会社経由で買う | 買える | 米国株口座から通常の外国株として売買 |
| 金融庁への外国投信の届出による国内販売 | 制度上は可能 | タトルCEOは承認されれば届け出る意向を表明 |
| キオクシアADRの米国正式上場 | 未了 | 現在は店頭の非スポンサー型のみ。2027年春を目標 |
対象はキオクシアだけで終わりません。トヨタとソニーはすでにニューヨーク証券取引所にスポンサー付きADRを上場しており、原資産としての要件はキオクシアより整っています。ソフトバンクグループは店頭の非スポンサーADR(SFTBY)だけの状態。任天堂、東京エレクトロン、フジクラ、レーザーテック、メタプラネットについても準備が進んでいると報じられています。米国の個別株レバETF市場はすでに44兆円規模とされ、次の商材として日本株が選ばれた、という順番です。
06 ── THE STOCK
キオクシアの8月14日の終値は53,740円、前日比+1,940円(+3.75%・算出)。3営業日続けて上げていますが、6月22日に取引時間中に付けた年初来高値112,700円からは52.3%安(算出)の水準です。1月6日の年初来安値10,945円からは4.9倍(算出)。この振れ幅の大きさが、そのまま海外の運用会社の関心を引いたことになります。
| 足元の位置 | 数値 | 補足 |
|---|---|---|
| 8月14日 終値 | 53,740円 | 前日比 +1,940円(+3.75%・算出) |
| 年初来高値からの下落率 | ▲52.3% | 6月22日の112,700円との比較(算出) |
| 年率換算ボラティリティ | 163.7% | 直近21営業日の日次対数収益率から算出 |
| 1日の平均値幅 | 10.6% | 高値と安値の差÷前日終値の平均(算出) |
| 1日平均の売買代金 | 約2.45兆円 | 直近20営業日(算出) |
| 時価総額 | 約29.5兆円 | 発行済株式総数548,015,088株×終値(算出) |
タイミングも押さえておきたいところです。本誌が8月12日号で扱ったとおり、上限8,000億円の自社株買いは8月3日から10日までの6営業日で終わっています。会社という価格に無頓着な大口の買い手は、市場からもういません。需給の支えが1つ外れた直後の銘柄に、値動きを増幅する器の話が重なっているということです。
ふつう、この種の派生商品は原資産の値動きが落ち着いてから整備されます。今回は逆で、1日に10%動く状態のまま2倍の器が用意されようとしている。タトルCEOが期待した「次のSKハイニックス」という条件は、荒さがそのまま商品の魅力になるという意味です。買い手が集まる理由と、原資産が揺れる理由が同じところから来ています。
07 ── SUMMARY
キオクシアはこの件について何も申請していません。決めたのも申請したのも米国の運用会社で、対象にされた会社の側に拒否する手立ては基本的にありません。自社の株価が誰かの商品の原材料になるという状況が、日本企業として初めて起きようとしています。
そのうえで、投資家として持ち帰る話は1つに絞れます。この21営業日、方向を当てていたマイナス2倍でも11%減っていた。荒い銘柄に倍率をかけると、当たっても残らないことがある。器の性能ではなく、器の性質の話です。
▶ 号外①「ストップ安 ── 急落の構造」 / ▶ 号外②「大株主・東芝は売り続けていた」 / ▶ 号外③「世界同時のメモリー株安」 / ▶ 号外④「8,000億円は6営業日で消えた」 / ▶ 2027年3月期 第1四半期 決算レビュー