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夕暮れの海沿いに並ぶ風力発電機。手前に工場の低い影が伸び、右側は濃紺の空と干潟の暗がりが広がっている

号外EXTRA EDITION

JX金属

太陽が沈んだあとの電気 ── 台湾で風を買う理由

東証プライム 5016 / 2026年9月8日 発表 / 公開情報に基づく号外レポート

9月8日、JX金属が台湾子会社で風力由来の電力を買い始めると発表しました。台湾日鉱金属の年間使用電力に占める再生可能電力の比率を、2025年の約6割から2027年に8割超へ引き上げる見込みだといいます。 電力の調達先を変えるという、それだけ読めば地味な話です。ただ、この会社が台湾で作っているのは半導体用スパッタリングターゲット。世界シェア約6割を握る看板製品で、納入先は台湾の先端半導体メーカーです。その納入先が、材料をどんな電気で作ったかを問い始めている。この号は、そこを追いかけます。

台湾日鉱金属の再エネ比率

8割超へ
2027年の見込み2025年実績は約6割(太陽光中心)

風力由来電力の調達開始

2026年9月
PPAモデル・台湾域内の風力契約期間・調達量・金額は非開示

半導体用スパッタリングターゲット

約6
世界シェア(同社説明)AI向け先端ロジック・メモリに採用
PPAモデル ── 発電所と直接、長期で電気を買う契約
Power Purchase Agreement の略で、発電事業者が作った再生可能電力を、需要家が長期契約で買い取る仕組みです。電力会社から普通に買う電気と違い、どの発電所で作られた電気かを紐づけられるのが要点。自社の敷地に太陽光パネルを置く方式と、外部の発電所から系統を通して受け取る方式があります。JX金属は国内でも使っていて、磯原工場では2022年6月にPPAの太陽光を導入し、CO2排出量を年間約100トン減らしています。グループでは掛川工場に次ぐ2例目でした。
スパッタリングターゲット ── 半導体の配線を作る円盤
半導体ウエハの表面に、ナノメートル単位の金属膜を張るための高純度金属の円盤です。真空中でイオンをぶつけて材料を弾き飛ばし、その粒をウエハに降り積もらせて配線や電極を作ります。JX金属はこの分野の世界首位で、シェアは約6割。AI向けのチップは回路の層が多く、そのぶん使う量が増えます。ひたちなかの新工場に230億円を投じて生産能力を2023年度比1.6倍にする計画も動いていて、増強設備は2027年度下期から順次立ち上がる予定です。
Scope3 ── 「自社が出したCO2」の外側にある排出量
企業のCO2排出量は3つに分けて数えます。Scope1が自社の燃料燃焼、Scope2が購入した電気や熱、Scope3がそれ以外の、取引先や製品の使われ方まで含んだ排出です。半導体メーカーにとって、材料を作るときに出たCO2はScope3に入る。だから発注側が自分の目標を厳しくすると、その圧力は材料サプライヤーへ流れていきます。今回の発表で「サプライチェーン全体での脱炭素化が加速している」と書かれているのは、この構造の話です。JX金属自身の主要指標はScope1と2で、Scope3は2021年度から算定に着手した段階だと開示しています。
台湾日鉱金属 ── 桃園の龍潭にある、JX金属の台湾拠点
桃園市龍潭区龍園一路88號。総経理は安武竜太、資本金は63.5百万台湾元です。半導体材料と情報通信材料を作って売るほか、化学品などの工業製品の販売、金属スクラップや故銅の集荷・販売も手がけています。2023年にはスパッタリングターゲットの生産能力を約80%増やし、2026年6月には加工ラインの自動化投資も発表しました。台湾の半導体産業のすぐ隣で、材料を作って最終仕上げまでやる拠点、という位置づけです。

01 ── THE RELEASE

太陽光では埋まらなかった時間帯を、風で埋める

台湾日鉱金属はもともと、自社の敷地に置いた太陽光発電と、PPAで買う太陽光由来の電力を組み合わせて再エネ比率を上げてきました。2025年には年間使用電力の約6割まで到達しています。工場の電気の6割が再エネというのは、日本の製造業の感覚からするとかなり高い水準です。

そこで止まった理由は、リリースにはっきり書いてあります。太陽光の供給は日中に限られる。朝と夕方、そして夜のあいだ、再エネで賄える電気がなくなる。工場は24時間動いているので、残りの4割はそこに集中します。

風力は違います。日が沈んでも吹くときは吹く。台湾海峡は世界でも有数の風況で、洋上風力の建設が続いています。2026年6月には設置された風車が500基に達し、設備容量では世界5位に入りました。太陽光と組み合わせれば、時間帯の穴を補い合う形になります。今回の調達は2026年9月から始まり、これを含めた各種の取り組みで、2027年の再エネ比率は8割を超える見込みだといいます。

台湾日鉱金属の年間使用電力に占める再生可能電力の比率

単位:% / 2025年は実績、2027年は会社の見込み値 / 内訳の比率は非開示のため、電源別の分解は行っていない

0 25 50 75 100 2025年 実績・太陽光が中心 2027年 見込み・風力を追加 約60% 80%超 右端の点線が使用電力の全量(100%)
比率はJX金属の2026年9月8日付リリース記載値。2025年は「約6割」、2027年は「8割を超える見込み」との表現をグラフ化したもので、いずれも幅のある概数。風力の調達量や契約年数、電力単価は開示されていない。

「各方面からの情報収集や条件交渉を重ね」という一文

リリースの中ほどに、この表現があります。台湾では半導体産業の成長に合わせて再エネ電力の需要が急に膨らみ、買いたくても買えない状態が続いてきました。風力の売り手を見つけて条件をまとめるまでに時間がかかった、と読める書き方です。プレスリリースで交渉の苦労に触れる例はそう多くありません。裏を返せば、台湾で再エネの長期契約を確保できること自体が、今は競争力の一部になっているということでしょう。

02 ── THE CUSTOMER

脱炭素が、コストの話から受注条件の話に変わった

ここが今回の号でいちばん見ておきたいところです。工場の電気を再エネに切り替えるのは、普通に考えればコストを増やす行為です。それでもやる理由が、台湾の場合ははっきりしています。買う側が求めているからです。

TSMCは2020年7月、半導体メーカーとして世界で初めてRE100に加盟しました。事業で使う電力を100%再エネにする目標年は当初2050年でしたが、2023年に2040年へ10年前倒し。2030年時点の再エネ比率目標も60%に置いています。ところが2024年の実績はまだ14%台です。6年で14%を60%まで持ち上げると宣言している会社が、自分の工場の中だけで完結させられるはずがない。次に手が伸びるのは調達先です。

実際、TSMCは台湾でサプライヤーを巻き込んだ共同調達型の再エネPPAを主導しています。20年間で総量20,000GWh、つまり20TWh。うち年500GWhをTSMC自身が、もう年500GWhを現地のサプライチェーンが受け取る設計です。2024年にはTier1の原材料サプライヤー向けに、設備更新のための炭素削減補助金制度も始めました。

発注側が置いた条件数値材料サプライヤーへの意味
TSMCのRE100達成目標2040年2023年に2050年から10年前倒し。逆算すると調達先への要求も前倒しになる
TSMCの2030年 再エネ比率目標60%中間目標として毎年進捗を開示・追跡される
同・2024年の実績14%超残り6年で46ポイント。自社努力だけでは埋まらない差
共同調達PPAの総量20TWh20年契約。うち年500GWhは現地サプライチェーン向けの枠
台湾のRE100加盟企業30社超UMC、Delta、AUO なども加盟。要求元はTSMC1社ではない

この構図に置かれると、材料メーカーにとって再エネ比率は環境報告書の数字ではなくなります。取引を続けられるかどうかの条件に近づく。JX金属が今回のリリースで「こうした方向性を共有するお客様とともに」と書いているのは、その空気を正確に映した表現だと思います。

それでも、この一件で利益が増えるとは書かれていない

公平に言えば、今回の発表に売上や利益への影響は一切書かれていません。削減されるCO2の量も、風力の調達量も、契約年数も、単価も出ていない。数字で効果を検証できる材料は、現時点でほぼゼロです。読み取れるのは「6割から8割超へ」という比率と、それを2027年に達成する見込みだという2点だけ。ここを盛って読むのは危険です。

03 ── THE MAP

台湾だけの話ではない ── 主力工場から順に電気を替えている

リリースは台湾の話で終わらず、他の拠点にも触れています。半導体用スパッタリングターゲットの主力製造拠点である磯原工場、それに韓国とアメリカの加工拠点でも再エネの活用を進めている、と。

拠点役割環境面で公表されている内容
台湾日鉱金属
桃園市龍潭区
半導体材料・情報通信材料の製造販売、リサイクル原料の集荷自社太陽光+PPA太陽光で2025年に約6割。2026年9月から風力を追加し、2027年に8割超の見込み
磯原工場
茨城県北茨城市
スパッタリングターゲットの主力製造拠点。敷地約24万㎡、従業員約1,300人2022年6月にPPAの太陽光を導入。CO2排出量を年間約100トン削減
メサ工場
米国アリゾナ州
半導体材料の加工拠点。投資額約180億円、2024年11月開所建築物の環境性能認証「LEED GOLD」を取得(2026年4月公表)
韓国の加工拠点最終工程の現地加工再生可能電力の活用を推進中とリリースに記載。具体的な比率や設備は非開示

並べてみると、順番に意味があるのが分かります。まず日本の主力工場、次に米国の新工場、そして今回、最大の顧客がいる台湾。お客様が近いところほど、要求が具体的で早い。台湾で真っ先に「夜の電気」まで手を付けたのは、そういうことだと読めます。

拠点ごとの数字が並んでいない

この表を作っていて引っかかったのは、単位がそろわないことです。台湾は「使用電力に占める比率」、磯原は「年間約100トンの削減量」、メサは「建物の認証」、韓国は記載なし。会社としての再エネ比率が拠点横断で開示されているわけではないので、進み具合を1本の物差しで比べられません。統合報告書やサステナビリティデータブックで拠点別の数値が出てくるまでは、断片をつなぐしかない領域です。

04 ── THE TARGET

会社全体では、2030年度に半分。今回の一件はその内側にある

JX金属の「脱炭素ビジョン」は、目標そのものはシンプルです。2050年度にCO2の自社総排出量をネットゼロ。中間目標として、2030年度に2018年度比で50%削減。この中間目標は2021年5月に設定されたもので、それまで2040年度に置いていた50%削減を10年前倒しした経緯があります。

脱炭素ビジョンの骨格内容
最終目標2050年度にCO2自社総排出量ネットゼロ
中間目標2030年度に2018年度比50%削減(2021年5月に2040年度から10年前倒し)
主要指標の範囲CO2自社総排出量=Scope1・2。Scope3は2021年度から算定に着手し、削減ロードマップを策定中
2024年度の実績597千t-CO2(Scope1・2合計)
排出量に占める電力Scope1・2の約6割が電力由来。国内外の主要事業所でCO2フリー電力への切り替えを推進
あわせて掲げる目標リサイクル原料比率を2040年に50%以上へ
今回の位置づけ海外子会社の購入電力を再エネへ置き換える施策。Scope2の削減にあたる

ここで正直に書いておくと、今回の風力調達が597千トンのうちどれだけを削るのかは公表されていません。台湾日鉱金属1社の年間使用電力量が開示されていないので、外から計算することもできない。比率で2割ぶんの上積みという情報しかない状態です。

それでも、電気に手を付ける意味は小さくありません。会社の説明によればScope1・2の約6割が電力由来で、だから国内外の主要事業所でCO2フリー電力への切り替えを進めている。台湾の一件は、その方針を海外子会社まで下ろした一例にあたります。

そして会社が強調しているのはさらに先でした。リリースの終盤に、お客様との連携によるリサイクルの推進を通じて製品ライフサイクル全体でのCO2削減を加速する、という一文があります。銅の製錬とリサイクルを本業に持つ会社が、使用済みのターゲット材を回収して作り直す。同社はリサイクル原料比率を2040年に50%以上へ引き上げる方針も掲げています。電気を替える話より、こちらのほうが最終的な削減量は大きくなるはずです。

05 ── THE READ

この会社を見るとき、この号をどこに置くか

JX金属は2027年3月期の第1四半期に営業利益814億円、前年同期の2.75倍を出しました。ただ増益518億円の中身は、チリの銅鉱山権益の売却益191億円と、円安・銅価の押し上げ265億円で大半が説明できてしまう。会社が成長の軸に据える半導体材料と情報通信材料、いわゆるフォーカス事業の増益は113億円でした。前号で詳しく分解しています。

だからこの会社の見どころは、外部環境で膨らんだ利益ではなく、フォーカス事業がどこまで構成比を上げられるかにあります。会社は2027年度に連結営業利益の67%以上をフォーカス事業で稼ぐと宣言しました。1Q時点の実績は、その目標と逆を向いています。

今回の台湾の一件は、その本命側で起きている話です。売上に直結する発表ではありません。それでも、世界シェア約6割の製品を作る拠点が、最大の顧客が並ぶ土地で「夜も再エネで回る工場」に近づいた。価格でも納期でもない条件で選ばれ続けるための投資だと読むのが素直でしょう。

10月1日から、この銘柄は日経平均に入る

JX金属は日経平均株価の定期見直しで新規採用が決まり、2026年10月1日から算入されます。同時採用はKOKUSAI ELECTRICとカプコン。入れ替えの号外で数字を追いました。指数に入ると連動運用の保有が発生し、決算や材料と関係のない売買が日々混ざるようになります。今回のような発表が株価にどう効いたかは、これまでより読みにくくなる。そこは頭に置いておきたいところです。

06 ── SUMMARY

分かっていること、まだ分からないこと

今回の発表で確定したこと

  • 台湾日鉱金属が2026年9月から、PPAモデルで台湾域内の風力由来の再生可能電力を調達する。
  • 同社の再エネ比率は2025年に約6割。太陽光の供給が日中に偏るため、朝夕と夜間が課題だった。
  • 今回の調達を含む各種の取り組みで、2027年の再エネ比率は8割超の見込み。
  • 磯原工場(茨城県北茨城市)、韓国、米国の各加工拠点でも再エネ活用を進めていると明記。
  • 今後はお客様との連携によるリサイクル推進で、製品ライフサイクル全体のCO2削減を加速する方針。

まだ分からないこと

  • 風力電力の調達量・契約年数・単価。いずれも非開示で、コスト増の規模が測れない。
  • この一件で減るCO2の実量。台湾日鉱金属の年間使用電力量が開示されていないため算出もできない。
  • 再エネ調達が受注や単価にどう効くか。取引条件に関わる話は、通常そのまま開示されない。
  • 韓国拠点の再エネ比率と、拠点横断で比較できる共通の物差し。
  • 2030年度の50%削減に対する現在地。2024年度のScope1・2は597千t-CO2だが、2018年度の基準値は本稿で確認していない。

号外の視点 ── 電気の履歴書が、材料の値札に混ざり始めた

半導体の材料メーカーが、自分の工場の電気をどこから買ったかをプレスリリースで説明する。10年前なら環境報告書の片隅に載る話でした。それが今、9月8日の発表として単独で出てくる。
理由は台湾の顧客側にあります。TSMCがRE100の達成年を2040年に前倒しし、サプライヤーごと巻き込む20TWhのPPAを組んだ。2024年の再エネ比率はまだ14%台で、2030年の60%まで6年しかない。自社の排出を減らし切るには、材料を作るときのCO2まで手を入れるしかないからです。その要求が、桃園の工場の夜間電力にまで届いた。
JX金属にとってこれは、売上を増やす投資ではありません。選ばれる資格を維持するための投資です。世界シェア約6割という数字は、技術で取ったものだと説明されてきました。これからは、その6割を守る条件に電気の出どころが加わる。今回のリリースは、その最初の一枚だと思います。
▶ JX金属 2027年3月期 第1四半期 決算レビュー / ▶ 号外「日経平均 10月1日の銘柄入れ替え」

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